新年のご挨拶

新年あけましておめでとうございます。昨年は、皆様に大変お世話になり、心から感謝申し上げます。


昨年2016年は、私事になりますが・・・生まれて初めての電動車いすの判定から始まり、車いすの操作練習、そしてマイ車いすの導入と同時に思わぬ交通事故に始まった1年でした。
単身札幌で一人暮らしを始めてから12年、その間我が家のアパートの住人が入り変わり、管理会社やオーナーも変わり、しまいにはアパート名まで変わってしまったいう…
アパート全体が変わってしまった時期もありました。
アパート事情もさることながら、我が家に入ってくれていたヘルパーさんも入れ変わり、毎日のように出会いと別れに遭遇した12年という年月でした。
次第にヘルパー事業所の人手不足、介護職成り手不足、介護職の離職率の問題にぶつかり、ヘルパーさんが入る時間も回数も減った分家族への負担も大きくなり、
家族のため、自分のためと思い、慣れ親しんだ東区を離れ、引っ越しを決意したのが今年一番の転機だったのかも知れません。
12年間続けてきたアパートでの一人暮らしをするのも在宅生活を手放すのは、今思えばとても寂しいことであったし、まるで自分の空間や時間が奪われた気持ちになったり、
東区のアパートに帰りたい…と何度も落ち込んだのが正直なところです。


在宅生活には、色々な形があると思います。
アパートで一人暮らしをするのも在宅生活、今の自分のような高齢者・障がい者対応の集合住宅で一人暮らしをするのも在宅生活、
グループホームで生活するのも在宅生活なのだと、実際に生活してみてそう感じます。


私の住む集合住宅は、現在60名の高齢者の方々、障がい者の方々が入居されています。
突然入院される方、救急搬送される方、別のホームなどに引っ越しされる方、退院後歩けなくなる方…など
毎日想定外のことが起こり、また様々な人間が60名も暮らしているので、色々なお付き合いやトラブルも少なくはありません。(^_^;)


また仕事の面でも、「これでいいのかなあ…」「もっと講師の仕事がしたい」「もっと色々なの人達と関わりたい」と思うことも。
でも今、自分がやるべきことをやっていき、今、パソコンの勉強に一生懸命励んでいる皆さんが「パソコンは楽しい」と思っていただけるように
自分も楽しみながら講師の活動が出来ればと思います。


そんな毎日の中で、自分自身のことを考える余裕がないこともありますが
今年は自分自身を見失うことなく、周りの人達のちょっとした変化に気づきながら生活していきたいと思っています。
認知症の方、高齢や事故による病気や障害を持っている方、障がい手帳を持っている方でも、同じ人間同士、嫌なことは嫌だし
楽しいことは楽しいし、会えば挨拶するのは礼儀中の礼儀、そういう当たり前のことを当たり前に感じながら、
周りの皆さんと一緒に穏やかに過ごしていきたいと思います。


またこの住宅で入居されている方々に出会って、自分なりに認知症の方々への理解を深めることが出来ればと思い、
ある資格取得を目指したいと思います。(国家資格ではないですが…)


というわけで、長々と書き綴ってしまいましたが、
今年は心身ともに健康に過ごしたいものです。


こんなふつつか者で、至らぬ点が多く、皆様にご心配とご迷惑をおかけすることと思いますが、
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

それでは、皆様にとって夢と希望と、そして笑顔に満ち溢れた1年でありますように。

SMAP解散報道!?

遅ればせながら…あけましておめでとうございます。
昨年は家族、友人、知人、仲間の皆さん、そして周りの人たちに支えられた1年でした。
そして、人間は一人では生きていけない、だから周りの人達のお力添えと温かい応援を受けることの
ありがたみと大切さを、しみじみと身をもって感じた出来事が多かった1年でした。

今年は、どんな1年になるでしょうか?
そう考えているうちに、思わぬニュースが!!

それは「SMAP解散!?」「SMAPのメンバーが独立に向けて検討中」という
ファンの間でももちろん、日本中、いや世界中に衝撃を走らせた内容でした。

私は10代の頃からSMAPが好きで、20代になるとファンクラブに入会し、CDやビデオ、写真集などは必ず購入。
出演するテレビや映画は欠かさず見て、札幌で開催されるコンサートは必ず行くほどの、典型的なSMAPファンでした。

今でも、実家の私の部屋はSMAPのポスターが、一面に張られています。
20代の頃は、朝から晩までSMAPずくしでした。

ここ数年は、仕事の都合や札幌ドーム内外の移動が自力では困難なこともあり、コンサートに行くことは断念しておりましたが
それでも、SMAPのコンサートが開催されることがわかると、今年はこそは何が何でも行くぞ!と一念発起し
仕事も嫌なことも、どんなことも頑張りぬいていました。

SMAPは、私の青春(古い言葉ですね・・・)であり、元気の源であり、誇りです。
楽しい時も、つらい時もテレビを見ると、そこにはSMAPがテレビの画面の向こうで笑ったり、ふざけたり
歌を歌ったりと、それぞれのメンバーの個性が輝いて活躍している姿に、勇気と元気をくれました。
SMAPの誰が好きというわけではなく、SMAP全員のいざとなる強い団結力と、お互いにお互いのことを
何気にわかっているけど、プライベートには深く関わらないという…公私を区別しているところが
魅力だったのかも知れません。
それぞれ個性が強く、ブレない5人の男性が、ステージを飾りお客さんを楽しませる…それがSMAPの武器でもあります。

一人のファンとしては、正直に言うと「解散してほしくない」「永遠のSMAPでいてほしい」と思っています。
だから今回の解散報道は、私のような昔からのSMAPファンにとっては嘘であってほしいと。

昨年、福山雅治さんが結婚した時に「福山ロス」という言葉がはやり、世の中の女性の皆さんが
会社を休むほどショックを受けて寝込んだという現象が起こりましたが
今の私の脳裏には「SMAPロス」という言葉がグルグルと回っています。

でも、最終的にどんな形になっても、SMAPの一人一人のメンバーと、SMAPを支える方々にとって
一番良い環境で活躍してくれること、そしてまた私たちの前でたくさんの笑顔と元気を見せてくれることが
私たちSMAPファンの願いです。

嬉しい日

昨日、同じ職場仲間のAさんが体調不良から復活しました。
Aさんは精神障害で、夏ごろから体調不良が続いていた。過呼吸、食欲不振、睡眠障害、血圧不安定、不整脈
私たちはAさんの体調不良のつらさ、苦しさを目の当たりにして、その度に「私にできることはないだろうか…」と
思い続けてきた。
まじめなAさんは、どんなに体調が優れなくても、バスと地下鉄を乗り継いで、精一杯の力を込めて通ってきたが
職場についた途端にダウンし、泣く泣く帰宅する日々…その後ろ姿はとても切なくて、私たちはただ「ゆっくり休んでね」
「気を付けて帰ってね」と、月並みの言葉しかかけることしかできなかった。



でもAさんは、数ヶ月の休養と通院を経て、見事に復活!
それは長年通っていた病院を思い切って変え、新しい医師のもとで治療に専念してきたという
Aさんの「治りたい!職場に行きたい!」という気持ちが復活のもとになったという。



Aさんの元気な、そしてキラキラした姿にみんなが喜び、安心したに違いない。
私にとってAさんの復活は心から嬉しく思え、励みに感じた。



今の職場(就労支援B型事業所)には、Aさんのような精神障害のメンバーさんがたくさん通ってきている。
私のように「体を動かしたり、声を発すると障害者に見える」という人は、今の時点では事業所にはいない。
でも私の周りには目には見えない障害を持っている人は大勢いるし、なかなか周囲の理解が得られにくいのが現実。



目には見えない障害や病気に対して、お互いに理解しあえることは決して容易なことではないけど、
お互いに一緒の時間を共有すること、何気ない会話をして泣き、怒り、笑い合うことは
障がいの種類や有無は関係ないことを、この事業所に通い始めて深く感じた。



目には見えない障害を持っている人は、意外とすぐ近くにいるかもしれない。
私も目には見えない障害を持っている一人。
だから目に見える障害よりも、目に見えない障害に対して、
苦しさを感じることも少なくはない。



もっともっと、目には見えない障害を受け入れることができる社会になること、
どんな障害があっても地域で安心して暮らせる、住みやすい社会になることを望まずにはいられない。



と言いつつ、何はともあれ仲間の復活は、自分のことのように思えてうれしい。

あまりの嬉しさに、Aさん、仲間数人と一緒に所長に突っ込みを入れ、
調子に乗って騒いでいたら、カミナリが一つ、二つ…落ちて撃沈。
そして、日誌をパソコンで書いていたら、パソコンに向かっている姿が不思議に思えたのか…
あるメンバーさんにパソコンのことや前職を聴かれて、モソモソと答えたら「えっ!?」と驚かれ、
信じられないという反応をされてしまった。

そう、どこに行っても私はお調子者なのでした。(^_^;)

迷子になっても…

久しぶりのブログ更新です。
某就労継続支援A型事業所の面接を受け、実技試験も特例で受け、その結果の不採用に落ち込んで以来
ブログもfacebookも手につかず、ずっとずっともがき続けてきた。

十数年間、札幌チャレンジドの活動に関わらせていただき、その中で「パソコン講習」という場に出会った。
障がい者を対象にした講習だけれども、老若男女、障害の種別関係なく、一つの場所にまったく面識のない人が
集まり、講師の先生やボランティアの方々が、パソコンの「パ」もわからない私たちにわかりやすく、そして
お互いに笑いながら、ワクワク、ドキドキしながら夢中で操作をしていたことが昨日のことに思えてきます。

「パソコン講習」という場に魅かれ、パソコンの講習のお手伝いをさせていただいているうちに
「自分もパソコン講習をやってみたい」という、身の程知らずの恥知らずという言葉を無視して
一大決心して挑戦!

それからというものの、ある時は講師、ある時は補助講師として、ボランティアとして、
ある時は初心にかえって受講者として講習に関わり、楽しく修行をさせていただきました。

そして念願かなって、講師デビュー!
手足に障害あり、言語障害もあり、おまけにオヤジギャグばりばりの、どうしょうもない自分がパソコン講師という仕事が出来たのは
皆さんの支えがあったから!そのひとことにつきます。

講習という場に魅力を感じ、先輩講師Tさん、Mさん、Nさんのようになりたいという強いあこがれを持ち
でも、なかなか自分の能力のなさに落ち込み、そのうち時代はパソコンからタブレットスマホに変わり
ある人に「もうパソコンの時代は終わったんだよ」「もう講師のニーズは減少する一方だよ」
「違う道を見つけて、再出発した方がいいんじゃないか」と。

もうパソコン講習は出来ないのだろうか。
違う道って、どんな道?
障がい者にとって、もはやパソコンは生活の一部。それをサポートするのが私たちの役目
それを絶つということを、私には出来るのだろうか?

いろいろな思いが込み上げてきて、だんだん自分のやりたいことや目的を失いかけていた。

まだうまく結論が出ない。割り切ることもできない。
あきらめることができない。


講習は、私と社会をむすびつけてくれた場所。
そして私にとっては、市民活動の原点と言える場所。
それは小さな、小さな場所だけど、大きな大きな力を与えてくれた。

教えることは誰でも出来るけど、伝えることはなかなか難しいことも実感した。
人と人として接すれば、伝わることも実感した。

人生には”あきらめ”と”引き際”が大切という。
でも、もう少し”あきらめ”を延期しても良いのではと。

気持ちの整理がつかない。
とりあえず明日が来て、明後日がくる。
だから私も生きる。

不採用にて

先日応募した就労継続支援A型事業所から、結果が届いた。
結果は・・・残念ながら今回も桜が散ってしまった。


この1年の間、市内の北から南、東から西まで、とにかく事業所見学に行き、
一般企業やA型事業所にも応募してきたが、ほとんど不採用だった。


最初の頃は
面接のときの受け答えが悪かったのだろう・・・
履歴書にミスがあったから不採用になったのでは・・・
備考欄に余計なことを書いてしまったのでは・・・


などと履歴書を見ながら考え、いろいろ自分の足りない部分を検証して改善してきた。
けれども、最近わかったことは、一般企業でもA型事業所でも「フットワークが軽くて、言われたことをソツなく行なう人」
「階段や段差があっても、一人で安全に動けること」
「周りの人のサポートを借りることなく、すべての業務を一人で行えること」


一般企業でも働ける人を事業所側は求めていると、しみじみと身も持って感じた。
確かに、一般企業への就労を目標として就労支援を行なっているのだから。


でも、100%すべて自分で出来れば、こんなに苦労はしない。
確かに事業所側としては、効率よく速く動ける人、作業が出来る人を求めているが、
障害者は、どんなに頑張っても、もがきあがいても、多からず少なからず出来ないことはある。
そのためには、人のサポートが必要となる。


そのサポートをするのが、障害者を雇用する側の役目なのに
サポートを敬遠しているのか?それとも、効率が悪いからなのか?
他の働いている人に迷惑をかけるからだろうか?


パソコンが出来る証として、資格取得欄に「Word検定●級取得」と記載しているのに、
それを信用できないのだろうか?
わざわざ、通常では行わない実施試験のようなことを行ない、「入力には問題ない」と言われつつ
不採用になる。

では何のために、パソコンの資格を記載しているのか?
わからなくなってしまった。
「パソコンの検定を取得して、仕事に就きたい」という人たちはたくさんいるのに
パソコン検定は意味がないのでは・・・と思ってしまう。


泣いている場合でない、落ち込んでいる時間もないけど
正直、世の中から自分を否定されているような気持ちになる。


もう嫌だ!と思うことはしょっちゅう。
つらいと嘆くことも日常茶飯事。


障害者が社会の中で普通に働ける社会こそが、本当のユニバーサルな社会だと思う。
共に生きることだと思う。
その実現に向けて、自分なりに動いていこう!と。

障害者の一般就労

今日、インフルエンザでダウンしている代表から電話がかかってきた。
ちょうど帰宅して、やれやれ…とホッと一息ついている時だった。


代表とは最初、仕事のことでメールのやりとりをしていたが
急に「電話をかけてもいい」と問われ、電話で話すことになった。


仕事のこともそうだが、私を雇用するにあたり、障害者雇用助成金が受けられないとの連絡だった。
どうやら私は、昨年末から短時間でも、短期間でもアルバイトをしていたので、
たとえ雇用契約を交わしていなくても、その会社で短期間でも、短時間でも働いていたことは事実なので、
今回の雇用助成金の対象にはならないとのこと。


実は、助成金が受けられるということを前提に考えて、代表から2〜3日前には、「月給制にする。雇用保険もつける」と
言われていたのだが
助成金の対象にならないと分かった途端、「今まで通り時間給にするから」と告げられた。
ここ数日間の間に、こんなに状況が変わるものなのか…と思い、突然の告白に愕然としてしまった。
何だかがっくりしてしまった。


時間給では、安いこともあるが
働きたいと思っても、人件費の関係で長時間は働くことが出来ない。
だからいつも、漠然と中途半端に感じながら働いていた。


私は先走って失敗もするけど、この仕事をやる以上はとことんやろうと思っていた。
すでに介護事務の勉強をしたり、経理の本を読んで、私なりにお金の動きを覚えたいと思っていた。
実務者研修の受講許可もいただいたばかりで、これからやる気になっていたところに
また振り出しに戻ってしまった…


そもそも助成金は長く続くものではないので、会社としては本来ならば、助成金が切れた時のことを考えなければいけないのだが
やはり助成金制度がある以上は、それをとりあえず使うのが賢い選択だと思う。
使えるものは、使う…この考えは誰でも持っていると思う。

でも、助成金が受けられなくなった。
雇用しようとした障害者が、助成金の対象にならなかった。
それがわかった時、事業者側はどのような判断をくだすのだろう。
雇用されている側は、どうすればよいのだろう。


そもそも一般就労って、なんだろう。
一般就労も会社によっては違う。大きい企業であれば、それなりの給料や保障もつくけど
小さい会社であれば、何も保障もなくぎりぎりの生活になってしまう。
ヘタすると、就労支援事業所で働いていた方が、賃金が良いこともある。

だから一般就労をしても、生活に余裕が持てるわけではない。


障害を持つ人とそうでない人が、普通に働くことが出来る環境づくりは確かに難しい。
困難も多々あるが、でも困難を乗り切って、ともにはたらくこと
それが本当の共生社会だと思う。

助成金とか補助金とか…そういう制度を利用するのはいいことだと思うけど、
いや、そうしないと経営は成り立っていけないということは否めないこと。
でもそういうことを関係なく、私は障害のある人もない人も、一緒に働ける社会を
望みたい。

2014年初めての…

すっかり遅くなってしまいましたが…
あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


さて、現職場に働き始めて3ヶ月が過ぎました。
まだまだ不慣れなことばかりで、日々勉強、勉強です。
そんな中、職場で4月から体制が変わります。

ヘルパーさんと利用者さんのパイプ役でもある”サービス提供責任者”の仕事を
もしかしたら、自分が担当することになるかもしれません。
サービス提供責任者は、介護福祉士、ヘルパー1級、介護基礎研修の資格を持っている人、
もしくヘルパーとしての実務経験が3年あり、なおかつサービス提供責任者の研修を受ければその役職に就けるのですが…
今は制度が変わり、ヘルパー1級と介護基礎研修の資格が廃止される代わりに”介護福祉士のための実務者研修”を
受講すれば、実務経験を問うことなくサービス提供責任者の職に就くことが出来るのです。



打診されて、正直戸惑っています。
もっとふさわしい人がいるのではないかと思います。
でも、社長を含め他のヘルパーさんは稼働に追われて、なかなか研修を受ける時間がないこと。
私が一番、事務所にいる時間が長く、ヘルパーの資格も一応持っていること。
そして、いつか自分が事業所を立ち上げる時のためにも受講していても良いのかなと。


いろいろなことを考えると、サービス提供責任者になるならないは別として
勉強のために実務者研修を受講することを考えています。


でも私は、就労支援事業所や作業所でずっと働いていた人間のせいか、
やはり今でも、前職場のような就労支援事業所で、今度は職員として働いてみたいという夢があります。
パソコン講師として、支援員として、働きたい!という人をバックアップしたい。
だから、本当は”サービス提供責任者”ではなく、”サービス管理責任者”の研修を受けたいのですが
相談支援業務経験がないので、無理なのです。


うん、でも夢は持ち続けたいと思います。
それに、実務者研修を受けることで、また良い収穫が得られると思います。


身体に障害がなければ、介護福祉士を目指していたのかな。
介護の世界で働く上でも、今よりもモチベーションが上がっていたのかなと。
思ったりして・・・


それにしても、介護事務の勉強を始めたばかりなのに
実務者研修を受けるとなったら・・・脳みそがついていけるかなぁ。